フリューゲル・デス・フレースヴェルグで起こる日々の出来事・・・
デセール
         

「ずびっ……ずびびっ……」

誰もいない厨房に小さく響くのは、涙と鼻水をすする音。

それから、一向に終わる気配のない、玉ねぎの山をすりおろす音。

「ずびっ……ずびびびびっ……」

ううう、何でわかったんスかね。
ほんのちょこーーーーーーーっとだけ、コンソメスープを頂いただけなのに。

さすが、師匠ッス!!!
素晴らしい味覚ッス!
でも……

目が…
目が痛いッス……

師匠……ごめんなさいッス〜〜〜〜〜〜!!!!

でも…
今は誰もいないけど、明日からは、いよいよリーネ様の追悼パーティーのための仕込みが本格化するッス!
きっとこの山のような玉ねぎのすりおろしも、そのためのもの!
罰とは言え……オレ、頑張るッス!!
ずびびびびっ

はぁ〜〜〜、それにしても
師匠の作る、パーティーのお料理、楽しみッス!

ええっと、コース料理は……
アントレから始まって……スープ、パン…?
次はポアソン、ビヤンドにガルニチュールをつけて……
食後はフロマージュにデセール!
で、合ってるッスよね?

追悼パーティーとは言えど、師匠のお料理はすんげぇのが出るに違いないッス!
……あ……
早く終わらせて、仕込みのリスト届けなくちゃいけないッス!

ずび……
でもコレ……
終わるんスかね……

が、頑張るッス!!!!



皿洗い レミ - -
フロマージュ

しょりしょり……

しょりしょりしょりしょり……


だれもいない厨房に、単調な音が静かに響く


賄いを頂いてたオレの目の前に、
向こう側が見えなくなるような山のようなイモを、それはもう重たそうに師匠が置いたのは、
皆さんのランチを出し終えたすぐあとのことッス。

もう3時間くらい経つんじゃないッスか?

「レミ。これの皮を全部剥いておいてください。」

師匠にそう言われてから……


しょりしょり……

しょりしょりしょりしょりしょり……


こういうのは久しぶりッス!
今日の夕食に使うんスかね〜?
それにしてもすごい量ッス!

うー……
ちっとも終わらないッス……

師匠に拾ってもらって、スグの時は
何一つ分からなかったから、皿洗いと芋剥きくらいしかできなかったッス。
だから
なんだか、ここに来たばかりの頃を思い出すッス。

まだ半年しか経ってないッスけど!


いやでも、この量は初めてかもしれないッス……
何に使うんスかね?


そういえば……
少し前から、時々師匠の元気がない気がするッス。
何かあったんスかね。

んん……
確かあれは、ゆうごはんの用意をしている最中に
師匠がクラウス様に呼び出された日の辺りから……?

何か怒られたりとか?
もしかしたら、腹が痛いのかも……?

うーん……
心配ッス。

そういえば、前に、師匠は
「美味しい料理は人の心を穏やかにする
 未知なる美味しい料理に出会ったとき、人は驚きと幸せの表情でいっぱいになる
 今まであった悩みすらどこかへ飛んで行ってしまう」
って言っていたッス。


じゃあ、誰が師匠の心を穏やかにするごはんを作ってくれるんスか?
誰が悩みを吹っ飛ばしてくれるんスか???

むー?


むむむ!
よーーーーーし!

気のせいかもしれないけど、なんとなく元気がない師匠のために
オレ! 頑張ってみるッス!
余ってる材料くらいしか使えないッスけど、もしかしたら美味しいもの作れるかもしれないッス♪

そうと決まれば、早く芋を剥き終えるッス!

待ってて下さいね、師匠!
フフーン♪♪ 





 



皿洗い レミ - -
スープ
          

澄み切った琥珀色の液体……

美しいッス!

大量の水に、すっごい量の鶏がらとか、牛のすねとかが入ってて
すっごい時間かけてじっくりじっくり出汁とって……

なんかすっげぇ量の野菜も入って
また更に煮込んで……

二日以上かかって、出来上がったキレイな琥珀色の液体。
あんなに沢山あったのに、これっぽっちしか出来上がらないんスね……

うううー、繊細だけどいい香りがするッスーー!!



で……コレ、なんなんスか?

「……作り始める前に言ったはずですが?
 フン。まぁいいでしょう。

 これが、コンソメというものですよ、レミ」


おおおお!
コンソメ!!
これがぁ…………

って、よくわかってないんスけど……


「フム。
 コンソメは「完成した」という意味の込められたスープなのですよ。
 

 やっていることは単純ですが、時間をかけてじっくりと旨みや風味を抽出するのです。
 単純とはいえ、少しでも違うことをしたり怠れば、あっという間に食材の臭みだけが出てしまい、使い物にならなくなる。
 透き通らせることも決して簡単ではないのです。

 
 こうして完成したスープは、さほど満足感を与えず、しかし大変風味豊かで、食欲を刺激させます……フ……
 まさにコース料理には理想のスープ!!

 さて……今夜はコレをベースどんなスープをお出ししましょうかねー!!!ギョギョ〜〜〜!!!」


おおおお!!!

師匠……! 素晴らしいッス!!!

やっぱり、師匠は天才ッス!!!!

途中何言ってるかよくわかんなかったスけど、素晴らしいッス!!!!

クラウス様もエリーゼ様も、きっと大喜びッス。
フンフフフーン♪



皿洗い レミ - -
ガルニチュール
         

 オーブンを開けると
厨房中に、焼きたてのパンの香りが広がる……


んんんん、たまらないッス!!!

ああ、焼きたてのパンって、何でこんなに美味しい香りがするんだろう!
魚料理も
お肉料理も
ほんっとうに、美味しそうな香りがするッスけど……

パンの焼きたての瞬間に叶うものは、ないんじゃないか?!っていうくらい、本当にいい香りッス!!!


今すぐ食べたいくらいッス!
でも……
ほんの少しだけ、時間を置くのがいいんだって、師匠が言っていたッス。

食べ物にはそれぞれの時間があって、それを見極めるんだって。


パンは、オーブンから出してすぐより、まだアツアツだけど、生地の落ち着いた時が頃合。

ケックは、焼きあがって、一日おいてからが頃合。

それぞれに違うッス。

奥が深いッスね!!!


もうすぐリーネ様の追悼パーティーッス。

当日は、どんなお料理になるんッスかね??

天才的な師匠の料理の数々……楽しみッス!



皿洗い レミ - -
ビヤンド
         

表面をじっくり焼き固めたあと
オーブンでゆっくりと中心まで火を通す。

焼き上がれば、ほら…!!
いいにお〜〜〜〜い!!!!

師匠の腕が、素早く動くと
あっという間に、焼きあがったお肉の塊がスライスされて
真っ白な大きなお皿に盛りつけられて……

綺麗な鴨肉のピンク色の断面から
閉じ込められていた肉汁が溢れ出るッス!!



うううううう、もうこれだけでうまそうッス……
じゅる……



だけど、師匠の素晴らしさは、これだけじゃ収まらないッス!!!

付け合せに、こんがり焼かれたポムデテールに、鮮やかな緑が綺麗な、アリコヴェールを添えて。
仕上げのソースは……

んん?
この香り……?

「うぇ? チョコレート??」

ふんわりと香る、ビターなチョコレートに、爽やかなオレンジが混ざり合う。
決して甘くなくて、何だか食欲そそられるッス……!!!!

「ショコラは、はじめから甘いわけではないのですよ、レミ。
 カカオの深い香りと、コク、まろやかさは、他の食材には出せないものなのです。
 この絶妙な深みのあるソースに、フルーツをプラスすることで、後味をさっぱりとさせ、しつこくさせず、なおかつこの鴨肉を引き立たせる素晴らしいものに出来上がるのです……!」

おおおおおお………!!!!!!!

後半何を言ってるのか段々わからなくなってきたッスけど、やっぱり師匠は素晴らしいッス!!!!!

とにかく……美味そうっス〜〜〜〜!!!!


「フム。
 では、レミ。今日は特別に、あなたにもこの鴨肉の切れ端を、あとで食べさせてあげましょう。
 あなたにはこの切れ端で十分でしょうね。」

師匠……

う、う、う、う、嬉しいッス!!!!!!!!
感動ッス…!!!!


師匠に拾ってもらうまで、ロクにご飯も食べさせてもらえないようなところで働いていたッス。
でも、家族がそれで少しでもご飯が食べられるなら……全然、苦になんてならなかったッス!
だけど、師匠に拾ってもらって、ここで師匠に沢山のこと教えてもらえて、ご飯も食べさせてもらえて……
本当に幸せッス。

貧しい家だから、食べ物がない時だってあったッスけど、その分、家族みんな、食べられる時は、綺麗に最後まで食べてたッス。

食べることは、生きることなんッス。

だから……
このところ、食事に殆ど手をつけずにいる、クラウス様が心配ッス。
ご飯食べないと、死んじゃうッス。
師匠が天才的な腕前で作った、今日のご飯!
最高ッス!!!
少しでも手をつけて、元気を出して欲しいッス……



皿洗い レミ - -
ポワソン

         

真っ赤なトマト!

黒と緑のオリーブ!

華やかな香りのハーブ!

沢山の、あさりやムール貝!

それに…それに……
でっかい、さかな!!!!!!!


白ワインの香りと、具材の香りがふわふわと………んんん、たまらないッス!!!!!!


「レミ、それは“でっかいさかな”ではなく、ラスキャス。
 何度言ったら覚えるのですか?」


今日は、ブルーノさんのおうちの方から伝わるお料理らしんスけど……

えと……なんだっけ……?
あく……あくあ……?

「アクア・パッツァ!
 先程も申し上げたでしょう!」

ゆっくり煮込まれて、身がふっくら……

あーーーーーーー、オレも食べたいッス〜〜〜〜〜!!!!!


この間は、沢山のお客様がいらっしゃって、沢山のお料理が作られたんスけど、どれも本当に最高……

あの、黒いかりー???も、見た目はびっくりだったッスけど、味は格別!!!
シーフードがたっぷり入ってて、お出汁もいっぱい出てるからドロっとした…カリ?にも溶け出してて……

ううう、思い出したら、お腹空いてきたッス……

「レミ。
 さっき、賄いを食べたばかりでしょう。」

ふふふ。
やっぱり師匠は最高ッス!
本当に神のようなお方ッス!!



あ……でも……
あのキノコは危なかったッス。

フライアガリック。

真っ赤な傘に白い斑点の、いかにも毒ゥ!!!って感じのキノコ。
まったく、ザビエルくんてば、どこから拾ってきたんだろう?

あれは食べたら、中毒になるッス。
ザビエルくんの言うような、幻覚が見えたり、幸せな気分になったりするようなキノコではないッス。
死んじゃうことだってあるのに……

師匠も師匠ッス!
あれを料理に入れるなんて!
とんでもないッス!!

マリアナさんが持って行ってくれなかったら、どうなってたコトかぁ……

……マリアナさんは、わかってるんスかね……?

……あのキノコ……どこに持っていったんだろう……?

……まさか……?
ドクター……毒にも詳しかったッスけど………

……だ、だ、だ、大丈夫ッスよね………?



その瞬間、後ろから盛大な音がする。
振り返ると……

「あああああ! お鍋が…!!!!!!」

「レミ…!!!!
 火から目を離すなと、何度言ったら分かるのですか!!!!!!!!」




皿洗い レミ - -
アントレ
         

真っ白な皿の上に、彩り鮮やかに盛られた、レチュ、ポワブロン、トマト、それにサンジャック!
バルサミコの香るソースで仕上げられて……


ああ……たまらないッス!!

この色!
香り!
美しさ!

もう前菜から、溢れるばかりの食材の魅力…!
やっぱり、師匠は素晴らしいッス!!!


出来上がった皿から、メイド長のマリアナさんや、メイドのミカエラさんの手で黙々と旦那様たちの元へと運ばれていく。

きっと、今日も喜んで下さるに違いないッス!

「レミ!!
 よそ見をしていないで、早くスープの準備を!!!」

は、はいぃっ!

師匠のキビキビとした声が、厨房に響く。

深いブルーに縁どられた深いスープ皿を並べる。
装飾の付いた皿は、擦れると柄が駄目になるッス。
丁寧に……いやでも素早く……

……なかなかコツがいるッス……

「レミ!
 ビシソワーズの用意を」

了解ッス!

スープの入った鍋を抱えて、レードルで慎重に分けていく。

あっ……

「レミ……!!!
 あなたは何度言ったら分かるのですか?
 レードルの持ち方がおかしい。
 そんなだから、いつも零すのです。いいですか?これは………」

ううう、師匠、すみませんッス……

また今日も師匠に怒られてしまったっす……

いやしかしでも!
師匠はやっぱり素晴らしいッス!!

庭師のリクさんは、しょっちゅう師匠に喧嘩をふっかけてくるけれど、
あんなの、いちゃもんッス!
師匠はリクさんが言うような、“奇人・変人”なんかじゃないッスよ!
何でわからないんッスかね〜〜。
師匠は、本当に素晴らしい方なんッス!

…っと!
いけないいけない。

次はポワソンの準備……っと!



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