フリューゲル・デス・フレースヴェルグで起こる日々の出来事・・・
断罪
          
 
許すことはできない
何があっても――
 
 
 
この追悼パーティで起こったことで
嫌というほど目の前で思い知らされた――

自分の気持ちはそうやって逸るばかりで
これが止まる気がしなくて
 
 
 
ウォーレン――

私はあの時あの瞬間に
何を血迷ったのかと本気でお前に失望した
 
よもやお前までもが
“あの女”によってその歯車を狂わされたのかと
 
ロイドがどんな気持ちでお前の帰りを待っているのか
 
 
 
そう――
待っている者が居る
 
 
 
だから、こうなった今でも私は信じている
 
 
 
 
 
 
だが――
あの人からすればそんなものは
ただの家族ごっこにしか過ぎないのだろう
 
であるとすれば
あの人が立ち止まることはない

 


ならば私が行こう
 
 
 
 
 
これ以上、何かを失うのは
 
 
 
 
 
 
 
 
あの人も
 
 
 
決して失いはしない
 
 
 
 
 
 
 
 
だから一刻も早く、“計画”の阻止を――
 
 
 


 
 
――――ザ・カドゥケウス・オブ・ヘルメスへ



長男 クラウス - -
同調
        

窓の隙間から入り込んで頬に触れた風が少し冷たい。
季節のせいなのか、それとも
 
 
 
我ながら珍しく書類整理を進めていたペンを途中で置いて席を立った。
 
 
カーテンをよけて窓を開くと、その風を受けて前髪が少し揺れた。
 
今度ははっきりと私の肌をなぜて、髪の間をすり抜けて消えていった。
 
 
 
追いかけるように想わず振り返ると、そこには勿論すり抜けていった本人の姿はなく。
 
代わりに開いたドアの向こうに立つコックが居た。
 
 
 
 
「お休み中でしたか」
 
「いや。
 
そんなところに立っていないで入ればいい」
 
「ありがとう御座います。
とはいえ、特にこれといった用事があるわけでもないのですが」
 
「何?」
 
「ふと、見慣れない背中を見かけたもので、つい立ち止まってしまいました」
 
「・・・」
 
「・・・。
 
誰にも言いませんよ、こんなこと。
気にしないでください」
 
「ロイド。
 
————おまえは、
 
・・・、
 
・・・いや、なんでもない」
 
 
「気になるじゃないですか」
 
 
「言わなくてもいいことだったよ。
 
今のお前にはな」
 
 
「そんな気がします」
 
 
 
 
 
 
誰もいなくなった自室で、そっと目を閉じてもう一度吹き込んだ風に当たった。
 
 
 
 
「・・・すまない、ロイド。
 
もう少しだ」



長男 クラウス - -
行先
         




 動かなかった足は、あの人が通り過ぎた空気に反応して振り返った。



 「仰せの通りに」



 向けられた刃も、その不敵な瞳も。
 事実として、私に向けられた物に間違いは無かった。 


 その刃は私をすり抜けて、一人の少女に辿り着く事だろう。
 そしてそれは決して遠い日ではない。




 この歳月が重ねてきたのもは、決して穏やかではなく。

 私の中で肥大化していくものは今では溢れてしまうほどに大きく。





 そして今回の追悼パーティで、変化を伴っていたのは私の中だけではなかったのかもしれない、という推測が生まれた。



 それが何かは明確ではない。

 私の周囲で、確実に何かが風向きを変えている予感がした。









 エリーゼは誰の面会も拒否をする日々が続いている。


 私はおろか、普段つきっきりで世話をしているメイドにすら何の反応も示さず扉も向こうでただ咳き込み、すすり泣く声が聞こえる。

 無理に問いただしたところで良い方向へ向かない事は言うまでもない。
 ただ体調だけは放っておく事はできない。





 「僕が行きましょう」




 そう穏やかな笑みで名乗り出たのはレオンで、食事のトレーを片手に躊躇なく一人で入っていった。

 もどかしい気持ちはあるが、今は奴に任せるべきだと勘が教えた。



 私が今、エリーゼの元へ行って何ができるのか。

 大した得策もなく、ただその扉を見つめた。








 『   お姉さまを殺したのは私なのよ!!!!   』




 『 ーーーーーーーだって、彼女はやってない。


  ・・・・そうでしょう? 』




 『  それはクラウス殿が一番ご存知の筈だ。  』






 私が話すべき相手は、そうーーーーーーーーーー











 その先を考える前に、鼓動が少し速まった。


 



長男 クラウス - -
preparations
          



 その日がもう明日だという実感が今になって沸かない。


 良い意味でも悪い意味でも。






 自室で書類整理のキリがつき、一息ついてから視線を窓の外へ移し、静寂に気づく。



 屋敷の廊下がいつになく静かな今日は居心地が少し、悪くて。

 無音が私に不安を覚えさせた。




 ひどく蒼く晴れ渡った空に昇る太陽が我が家を照らして、屋敷内に影を作る。






 その光は眩しくて、



 眩暈を起こしそうで。





 その影は強かで、



 その重力に動けなくなりそうで。






 その光の中に立つ事は簡単な様でいて非常に困難で。


 その影・・・、 ・・・闇に佇む事はそのいくらかも簡単なことで。




 私はきっと、もうその光の中に出る事が叶わないのかもしれない


 なんて


 


 私の足元を少しだけ照らす陽の光に熱を覚えながら考えた。






 ・・・近頃、自分でも驚くほど上の空であることが多い。






 「・・・しっかりしなくては」




 今の私には、こんな曖昧な場所で立ち止まっている暇などない。





 たとえ行き着くこの先が太陽の下だろうと、闇の中だろうと、


 この意志は変わらない。






 私が守ると決めたものが、


 それさえ

 それさえが穏やかな光の中へ行き着いてくれたら。


 私の行き着く先などどうでもいい。








 「・・・さて。

 この来客リストの確認で書類整理は最後だな」




 大勢の客の応対に追われているであろう明日の自分の姿を想像して、肩が重くなった。
 




長男 クラウス - -
伝言
          



 ロイドとレミがキッチンに篭る事が多くなった。


 リクとブルーノの足音が増えた。


 ユーリの警戒心がいつもより強くなった。


 ハインリッヒやモーゼスが書類を運ぶ姿を見かける頻度が多くなった。


 マリアナとミカエラの屋敷中の掃除が普段以上に念入りになった。


 レオンは変わらず自由だ。



 エリーゼも、変わらず安静にしている。






 少し手の空いた時間に屋敷中を眺めると、そんな違いが解って。



 その日が近くなっているのだと、改めて目で実感する。




 ふっと過ぎった記憶に、拳を強く握り締めた。








 ーーーーーー何を、願って。  ”それ”をしたのか。



 ・・・何を思い、その時まで過ごしたのか。
 




 
 

 どちらの”思い”も私には理解することはきっといつまでもできない。





 ただ、その無念だけは私が晴らすと。


 一方的な約束。



 それでも、それで報われるなら。


 報われると信じて。






 
 せめてこの風に乗せて、お前に届くようにと意志を込めて拳を強く握り直して胸に当てた。






 心配することは何もない。



 今はそこで穏やかに過ごしながら見ていて欲しい。





 リーネ。



 



長男 クラウス - -
名多き意味
         




 『クラウス様!』



 『クラウス殿〜』



 『マスター』




 『お兄様』









 「・・・・なんだ。」








 いつも思うのは、皆呼び方が違うことだ。
 私に限ったことではなく、各々で呼ばれる名が異なる。

 今となっては慣れた事だが、不思議なものだ。
 本当の名は一つだというのに。





 別名が多い事で有名なものといえば、オーディンがいたな。



 グリームニルの歌の一節に、

 『我が名は、グリーム、ガングレリ、ヘリアン、ヒァールムベリ、セック、スリジ、スズ、ウズ、ヘルブリンディ、ハール、サズ、スヴィパル、サンゲタル、ヘルテイト、フニカル、ビレイグ、バーレイグ、ベルヴェルク、フィヨルニル、グリームニル…「グラプスヴィズ、フィヨルスヴィズ、シーズヘト、シーズスケッグ、シグフェズル、フニクズル、アトリーズ、ファルマチュール、ゲンドリル、ハールバルズ、キャラル、ヴィズル、スロール、ユッグ、スンド、ヴァク、スキルヴィング、ヴァーヴズ、フロプタチュール、ガウト、ヴァラチュール。



 オーディンについて考察ですか?」 




 「・・・」



 「神話なんて持ち出して、どうしたんですか。 クラウス殿」



 「・・・今、」



 「口に出ていましたよ」





 顔を上げると、すぐ隣で机に寄りかかって分厚い本を開き、それに目を落とす奴がいた。

 私としたことが、気付かなかったなど。




 「オーディン。北欧神話に登場する偉大なる神。その地位はゼウスと並ぶものと言われていますね。

 このおびただしい名の数は、この世界にはたくさんの言葉・・・言語があって。
 すべての国民が神に呼びかけ、己れのことを祈願するのに、神の名を自分のことばになおす必要があると考えたことから生れた・・・。
 これらのきっかけになった出来事のいくつかは、オーディンの旅で起っている。


 っていう、文献を6年前くらいに読みました。


 どうして調べたんだっけなあ・・・。
 神なんてものほどそれはそれは不確かで、曖昧なものはいないですよね」


 「貴様が神を信じているかそうでないかなど興味はない。

 勝手に部屋に入るな」



 「ノック、しましたよ」



 「返事がなければ入ってくるな」



 「すいませんでした。
 でも、たくさんの呼び名があるのは誇らしいことですよね」



 「何?」




 すいませんと緩い表情で笑顔を作ったレオンは、その目をうっすらと細めた。





 「その人なりにその人を解釈する必要があって、それを十二分に理解した後にその人に従うにあたって彼は自分にとってどんな存在で、どうあるべきか。それが呼び名になると思うんですよね。
 ちょっと深読みですけど・・・「くだらない。



 では、お前にとっての私とはどんな存在だと?」




 「ほら例えばゼウスなんて・・・、 ・・・え?



 ・・・んん、 ・・・僕ですかあ」






 その皮肉をこめた問いに、レオンは頭を抱えて文献の言葉を並べて考え始めた為、それを聞く必要もない。

 気付けばまた部屋からいなくなっているだろう。



 私も机上の書類に再び目線を落とし、ペンを走らせた。




長男 クラウス - -
Eigentum
         

 仕方の無い事とはいえ、ずっと人前に立つというのは相変わらず疲れるな。
奴らもお客が来ているにも関わらず騒がしくしているとは。怒鳴る私の身にもなれないものか。
 
 
 
あの時、右手が少し、ピリと痛んだ。
 
そこに膝をついたエリーゼを見た瞬間に沸点に達していた。
 
 
 
 
 
―――・・・そんなに、悪い人では・・・!―――
 
 
 
 
 
・・・エリーゼの言葉はいつも私を立ち止まらせる。
 
解っている。
 
 
・・・解っているんだ。
 
 
 
 
捨てる事など、
 
しない。
 
 
 
全て私の所有物だ。
 
その刻印がその身に刻まれている限り、私に従って貰う。
 
 
・・・いつか、
この身に傷が出来ようとも。
 
それを手放しはしない。
 
 
 
 
・・・・・仕事を全うしていればの話ではあるが。
 
 
 
 
 
次に我が家を解放するのは、 リーネの追悼パーティ。
 
 
お客を見送る時はパーティなどと言ったが、そんな気分で言い表わせるものでもない。その追悼式も、何事もなく済ませたい。
 
 
また明日から忙しい。
 
 
 




長男 クラウス - -
記憶の花





 あれからどれくらいの時が経ったのか。
 そう無意識に意味もなく考えて仕舞う時がある。忘れもしない筈だというのに。


 忘れない。そう、忘れるわけがないのだ。


 そして、その無意味な思考の核には、自分の無力さが刻まれている。


 同じ場所から動こうとしなかった慙愧に耐えない。

 

 

 


 毎日必ず同じことを考える。


 誰に話すわけでもない。


 

 

 

 決まって、庭先に咲く薔薇を見て一人で思考を巡らせる。
 品種はイヴというものだ。


 あまり巷で見ることもなく、私の庭でも隅にひっそりと顔を出している程度。


 だが、ひどく目立つ。

 


 薔薇といっても、色は赤や青などといった主張の激しいものでは無い。

 

 


 色?
 そうだな・・・

 

 

 


 ・・・シャンパンゴールド。

 

 

 

 


 淡い金が風に揺れる時は、重なるものが脳裏を過る。

 


 その瞬間にいつも不意に目を逸らし、背を向けて窓辺を後にする。

 

 


 今も、また。

 

 

 

 

 

 


 「クラウス様。
 お忙しい所失礼致します。」


 「・・・ハインリッヒ。」

 


 歩き出した所で呼び止められる。
 脇に書類を抱え、スッキリとした佇まいで私を見た。

 


 「後程、お時間を頂けますでしょうか。」


 「あぁ、解っている。
  例の件だろう。1時間後に来てくれ。」


 「かしこまりました。」

 

 
 そう言うと、無駄の無い動きで丁寧に頭を下げた。

 


 「そういえば、レオンを見なかったか。」


 「え? ・・・いえ、本日はまだ見かけておりませんが・・・」

 

 


 奴め。
 またエリーゼの診察に遅れる気か。

 

 


 「フン・・・、また何処かフラフラしているな。
 見かけ次第で即刻私の所へ来る様にと伝えろ。


 耳に届いていない様子なら引きずってでもお前が連れてこい。
 リクなりロイドなりを手伝わせてもいい。」


 「・・・はい。かしこまりました。


 それでは、後程お部屋までお伺い致します。
 失礼致します。」

 


 ハインリッヒは落ち着いた立ち居振る舞いで踵を返してその場を去っていった。

 

 


 「・・・はぁ」

 

 


 少し頭痛がする。
 奴らが部屋に来る前に少し休んでおこうか。


 あぁ、ハインリッヒに紅茶を頼んでおくんだったな・・・。
 


 
 




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